こんにちは、さかいみるです♪
みなさま いかがお過ごしですか?
私は毎年、花壇に虹色ポーチュラカを植えるのですが、今年は虹色ポーチュラカとポーチュラカ マジカルキューティーという とてつもなく可愛い苗を植えてみました。肉厚の葉っぱが色とりどりなんです。うぅ…きゅん。
この苗を植えたときは 幸せが はちきれそうになりました。

そして先日、ネパールの翻訳家クリシュナさんから素敵な物語とともに写真が届きました。
メチャくん絵本を読みたい小学生の男の子三人組がクリシュナさんのお家を探してやってきたそうです。クリシュナさんが絵本を渡してあげたときの子供たちの とびきりの笑顔に、クリシュナさんと奥さまウルミラさんはとっても幸せな気持ちになったそうです。
それを聞いて私も本当に幸せな気持ちになりました。


では!ここから
2017年ネパール滞在記 Vol.05
*いつも通り予定変更* をお届けします。
4日目の 9月 2日、この日から 2日間カトマンズにあるホテル ”コシナミトチャ” に泊まり、そのままカトマンズの国内線に乗ってネパールガンジというインドに近い西ネパールまで行き、さらに国内線を乗り継いで標高 2,700mのタルチャというところから今度はチベットに近い西ネパール、標高約 3,000mにあるムグのララ湖まで行くという計画を立てていました。
なので、カトマンズに 2泊分と、西ネパール 10日分の旅の用意をして出かけることにしました。普通サイズのリュックサック 1個に収めることができました。
さて、初日に頼んでいたクルタのうち 2着が昨日出来あがってきていたのですが、少しサイズが合わなかったため お直しをしてもらっていました。カトマンズで新しいクルタを着ようと思っていたのですが、今日は土曜日でお店は お休み。西ネパールから帰ってきてからだなと思い、ゲストハウスのみんなに見送られながらタクシーに乗ってカトマンズへ向かいました。
でこぼこ道を揺られていると、後ろから別のタクシーが近づいてきました。そのタクシーが ちょうど横に並んだとき(車線はありません)、運転手さんが窓を開け、こちらの運転手さんも窓を開け、なんと!新聞紙に包んだ新しいクルタを窓から投げ入れてくれたんです!(走りながら☆)
窓を開け砂埃をかぶりながら「ダンネバード(ありがとう〜〜)!!」と、叫んで手をふりました。
インディラが、私がカトマンズで新しいクルタを着たいだろうと思い、お店は休みだけれど縫い子さんに電話をして持って来てもらったようです。私が出発した直後にクルタが届いたので別のタクシーの人にクルタを託して、そのタクシーの運転手さんが私たちを追いかけてくれたそうです。あぁ、みんな本当にありがとう。
さて、そんなこんなでカトマンズのホテルに到着してまず お茶を飲み、やって来た友人のディパーソンと スンダリ ミカ(ミカリンと呼んでいます。)と共に子供図書館 Nepal Japn Children Library にメチャくん絵本を持って行きました。
Vol.04でも書きましたが、ディパーソンは俳優と学校経営をしています。そして、この図書館で毎週読み聞かせをしています。ミカリンは歌手です。なので二人とも読み聞かせが ものすごく上手なんです。お芝居みたい!
ミカリンは日本人なのですがネパールに 17年住んでいました。今は日本に住んでいて年に 2回ネパールに来ています。今回ちょうどネパール滞在が重なったので一緒に図書館に行くことにしました。


ミカリンはルックスも喋りも、ネパール人にネパール人だと思われるくらいネパール人みたいなんです☆
読み聞かせや絵本を配るのが終わると、スパイスで味付けしたシンプルなマカロニと紅茶を出してくれます(昼食でも夕食でもない。何ごはんなんだろう…。もしかしておやつ…?)
この日はチャンドラも参加するはずだったのですが、西ネパールへのチケットを取り直さなくてはいけなくなり(長くなるので説明は省きますが…。)その変更のために来ることができませんでした。夕方 合流して夕食を一緒に食べることにしました。(マカロニでまだおなかいっぱいだったけど)そしてそのとき、4日にネパールガンジへ出発予定だったのが、5日の出発に変更になったことを告げられました。今まで予定変更がなかったことがありません☆もう慣れたぞ!
チャンドラが日本料理を食べてみたいということで、日本料理のレストランへ。ディパーソンとミカリンは次の用事があり、チャンドラと ふたりで夕飯を食べることになりました。
彼はエビの天ぷらが巻いてある お寿司と、お味噌汁に緑茶を頼みました。私は きゅうり巻きと小さな温かいお蕎麦。彼は初めてのお箸と日本料理だったようです。とても美味しいと喜んでいました。生姜の甘酢とワサビが大好きなようです。
「びっくり日本料理」が出てくるかなと思っていましたが、割と本格的な日本料理が出て来ました。お蕎麦だけは とびきり甘いおつゆでしたが…。あと、メニューに「キムチ」の文字が…。あぁ、また写真を撮り忘れている…。
2015年に初めて彼に会ったときは、心にまだ新しい傷を持つ人特有の空気を纏っていました。それに触れることなく会話したり共に行動していましたが、ついに、
「どうして心の中には愛と痛みがあるの?」と聞かれました。
応えたかったけれど、英語で答えるのには難しすぎたので
「わからない。」と言いました。すると彼は続けました。
「僕の中には たくさんの痛みがある。その痛みを忘れるために いつも幸せになる理由を探しているんだ。友達にも家族にも言えない。みんなそうだから。僕がこんな話をすると悲しい顔が返ってくる。みる はいつも Happy Mil だ。泣いてるときだってハッピーだ。自分で自分を幸せにしている。だから喋れる。僕がこんなことを言っても みる は悲しい顔で僕を見ない。一緒に悲しみに浸らない。」と。
いつもの冗談ばかり言って輝いている瞳は深い苦しみの霧が かかっているように見えました。私は共に悲しんでも、共に悲しみの沼に沈み込まないように、彼のことを「悲しい人」にしてしまわないように、細心の注意を払って話に耳を傾け、どんな判断もしないように、彼を安心させようと答えを探したりしないように 動かず ただじっと今ここにいるように集中しました。探しても答えは見つからない。探すのをやめて、答えはいつもここにあること、それに気づくだけでいいのだから。
誰の中にも何かしらの痛みが存在していることが多いと感じます。その痛みが喜びの土台の上に存在しているのか、苦しみの土台の上に存在しているのかが その痛みの質を決めるように思います。
そう。ネパールは経済的にはとても豊かとは言えない国のひとつです。
鶏小屋に住む家族や、びっくりするような暮らしぶりの家族にも会いました。カースト制度だって実質的には まだまだ生きて人々に影響しているのです。友人たちも日常の中で様々な病気になったりもしています。平均寿命も日本よりずっと短いのです。
そこで感じたのが、より不便で衛生状態もよくない地域のたくましい人たちと、情報も人も多く集まるカトマンズの人たちとは苦しみの切り口が異なるようだと。
ITに強く英語も使いこなす人が多いカトマンズでは、世界中の様々なモノや出来事の情報を受け取ります。でも、それは情報だけなのです。その存在を知ってしまった後、もしそれが欲しいと思っても、努力しても、簡単には手に入らないのです。そして貧富の差が想像を絶するほど激しいというところにも苦しみの一つが生まれるのかもしれないと思いました。「比較すること」これは強い苦しみを生みだします。
田舎の地域では不便さや労働に対する苦しみがあります。その状況によって苦しみの質が ちがうのだと思いました。日本では当たり前のようにあるモノが、ここではほとんど手に入らない。それでも人々は笑顔で暮らしていて、その笑顔はどうみても無理に作っているものには見えなかったし、とても純粋に見えます。
様々なモノが手に入って便利な日本でも疲れている人がたくさんいて、体の不調に辛い思いをしている人、心の助けを必要としている人もたくさんいます。豊かさとはなんだろう…。
比較対象は持っているモノや状況に限ったことではないし、国がちがっても同じことなのだと感じました。誰かと自分、さらには過去の自分と現在の自分までも比較して苦しみを生みだすことすらあるのですから。
大切な人を失うとか、大災害に遭うとか、計り知れない恐ろしい困難な状況下にいる人たちには、まず心身の安全の確保と、深い心の傷を癒すのが先決だと思うのですが、日常生活を送ることができる私たちは、やはりどこにいても外側にではなく自分の内側に平安や幸福、充足感を見つけだすことが大切なのだと思わずにはいられません。
外側のものは どんなに素晴らしいモノでも離したくないモノでも移ろい変わるものだから。それは悲しいことではなく、苦しいことではあるかもしれないけれど、だからこそ内面への旅が重要になってくるのだと思うのです。そこには いつもずっと変わらない確かなものが存在しているのですから。それは本当の宝物。内面への旅は外に向かった旅よりも もっと大冒険になるでしょう。でも、いまここで勇気を出して一歩を踏み出すべきなのだと感じるのです。
何も答えを出さず ただ集中して聞いていると彼は笑って言いました。「さあ、この話はこれで終わりだ。」
彼の瞳から少し苦しみの霧が晴れているように見えました。泣いてるのかな?と思ったけれど涙を流さず泣いたようでした。子供のように(私のように)わんわん泣けたらもっと楽だろうにと思いました。
大人ってなんだろう。本当は大人だってわからないことだらけなのです。そしてみんな切なくなるくらい一生懸命なのです。
さて、明日は友人のタイポ・グラフィックデザイナーのアナンダと奥さまのサンギータに会い、そのあとミカリンとディパーソンとクリシュナさんと一緒に「テラコヤ」に行ってきます!
「テラコヤ」というのは、ミカリンが長年サポートしている、学校が終わって家に帰る前に宿題をする場所のことです。家に帰ると家の手伝いがあって宿題をすることができない子供たちが通っています。
私はテラコヤの子供たちが大好きで、また会えることに胸をときめかせていました。
そして、クリシュナさんから「メチャくんのタグがついたバッグが出来あがってきた」という連絡が入りました。わくわく♪
つづく。
前回のブログ2017年ネパール滞在記Vol.04*ときにはタクシーで移動もします*を書いているときに見つからなかった Youme School のカトマンズオフィスを訪問したときの写真が見つかりました!じゃん!

*2017年、2018年ネパール滞在記は
こちらから。
*ネパール番外編
「マナスルで出会った美しい魂たちの話」
「お台場はじめて物語」

みるさん。
ポーチュカラね可愛らしい姿と色から始まった今回の投稿、心に深く深く染みて….読んでいて泣いてしまいました。
泣いた後は少し落ち着いて、穏やかな気持ちになりました。多分今の自分に重なるところが多々あるのだと思います。
『どうして心の中には….』から始まるやり取り、湖畔のめちゃくんを初めて読んだ時に心に触れてきたものと似た涙のような…
そして新聞紙にくるんで届けられたクルタのお話も素敵な出来事🍀
素敵なお話をありがとうごさいました✨
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ひでよさん、おはようございます ^_^
涙の中にいろんな想いが包まれて外に出されたのかもしれませんね。穏やかな気持ちが訪れたということで ほっとしました。
愛と痛みは根源的なところでは同じ素材からできていると感じても、やっぱりここにあるその痛みの強さや大きさは私たちを圧倒します。
手放すことはシンプルだとわかっていても実際に手放すことの難しさを誰しも体験しているのではないかなと思います。それでもそれをときには手放せたり、抱えたまま空や花を見て微笑んだり、毎日本当に一生懸命生きているのだと感じます。
痛みが強すぎるといろんな感情や思いに気づきにくくなると思うのですが、気づいたときにはそれらを優しさを持ってただみつめることが大切なんだなと感じます。そして、この みつめているものと現れるものとの間に距離ができればできるほど、苦しみはうすくなってゆくようです。
こちらこそ、コメントをありがとうございました ^_^
「湖畔の村のメチャくん 2」の挿絵ももうすぐ出来あがります♪
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