気づきの燈

こんにちは、さかいみる です。
みなさまお元気ですか?
福岡はちらほら雪が降っていますが、私たちは元気です♪

さてさて!
先日完成したてほやほやのメチャくん絵本Vol.11「そよそよの もり」amazonBASEで販売開始しました!読んでみたいな、大切な人にプレゼントしたいな、と思われる方、ぜひ♪

絵本の代金全額または収益の全額が次の絵本の印刷費・送料・活動費に充てられます。

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さてさて、今年もあと少しですね。
先日も ちらりと書きましたが、私は絵本の発送がひと段落して、「湖畔の村のメチャくん 2 もしもしの森」に戻り、書き進めています。

もしもしの森の大きなテーマは「喪失と再生」です。いろんな喪失があり再生があると思いますが、どんな形であれ喪失を経験したことのない人は、ほとんどいないのではないかなと思います。お花の妖精コロちゃんは、たびたび自信を喪失しています…!

暮らしの流れの中で、しみじみ感じます。以前のブログ「投影劇場」で書いた ”心の玉” のように心は本当はつながっていて、さらに、私たちである ひとつの本質、純粋な意識に(”投影劇場” の中では ”素朴で優しいくつろいだ、のびのびした空間”と表現しています。) ”いろんな心” が重ねられていて、それで心がつながっていると感じるようだなぁと。

個我は自己とまわりのイメージの設定と更新に切ないくらい一生懸命なんだな。とも思います。それを、ある地点までは分析することが有効だけれど(繰り返しのパターンに気づけたり、本当の理由や感情が分かったり)さらに歩んで、次のある地点に来ると、分析することをしないことがポイントなんだなと思います。なぜなら、”分析するという思考” を、最初に起こった ”思考のざわざわ” に押し重ねて思考が分厚くなってゆくようだからです。

そんな時、ただ素朴なエネルギーとしての感情と、ずっと積み重なってきている心の潜在的傾向がいっしょになってしまったりして、うっかり心が迷子になったりすることもあるのではないかなと思います。

なのでやっぱり、気づきが光で、気づくことが その光を灯すことなんだなぁと感じるのです。
今まで気づかないでいた浮かびあがってきたもの、または何度も浮かびあがってきていたけれど燈を灯さなくて気づかなかったものに、ほんのわずかでも気づくたびに こつこつと気づきの燈で灯してみてみること、おすすめです♪

では、みなさま良い年末年始をお過ごしください。



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