言葉を持たない言葉

こんにちは、さかいみる です♪

夏まっさかり、果物たちが輝いていますね!可愛くておいしい果物を食べると体も心もみずみずしく元気になります♪

さてさて、感情と体はとても仲良しだと感じます。

アタマの中では「もう大丈夫だ」と思っていたことも、それがふいにやってきたとき、思わず手がふるえたり、体が冷たくなったり熱くなったり、ドキドキしたり…ということを誰しも経験したことがあると思います。
そして「あぁ、まだ大丈夫じゃなかったんだ…。」と知ることになったり。

また微妙に心が動いた時というのは見逃しがちになるのですが、少しでも違和感を感じたときは体に集中して感じてみると呼吸が浅くなっていたり、肩がちょっと上がっていたり、お腹のあたりがちょっと固くなったような感じがしたりするかもしれません。

それをうすうす感じながらも見逃し続けていると、からだに積もった感情というエネルギーが、忘れた頃いろんな形で吹きだしてしまうのかなと思います。

感情のさざ波より、体のわずかな違和感の方が見つけやすい、という方もいるかもしれません。そしてからだに注目するというのは、すんなりと「いま」にいることができます。

そして、大きく変化があったときでも、ほんのわずかな体に起こる感覚の違和感でも、見つけたときは、それをたどって心の海へ深く潜ることができます。

今まで気づかれていなかった、または、ないことにされてきた感情の痛みが、深いところで泣いているのを見つけることができるかもしれません。見つけたら何も意見しないで、ただ気づいて見まもってみてください。そしてそれが消えてゆくのにまかせてみて、そのあとどんな感じになるかみてもらえるといいなと思います。

アタマの中の声に対して(それに気がついているような感じで)例えば賛成したり反対している声があるとしたら、それは「気づいている側」ではないのです。その2番目の声も「思考に思考を重ねている」ということなのだなと感じるのです。

それでも「どうしてそっちをえらぶの?」で書きましたように、そのもうひとつの声が何かを教えてくれたり「本当の気持ち」を答えてくれていたり、「いきいきとした優しいからっぽ」から現れていることがあります。そんなときは、朗らかな静けさが訪れたり、パリッと乾いた洗濯物みたいに気持ちがさっぱりします。

そしてそれら全部の声にただ静かに気づいているのが「気づいている側」のようです。それは声を持たない声、言葉を持たない言葉なのです。

言葉は直接の道ではないけれど、今、暗い道を歩いている人がいたら、その言葉たちが、ささやかにでも暗い道を照らす灯りになればいいなぁと願っています。

そしてどんなときも抑えつけないで素朴なエネルギーである感情を自由に流れさせてあげたいなと思います。

ではみなさま夏バテなどに気をつけて輝く夏をお過ごしください♪

*絵本「まよなかのぼうけん」が、友人でベーシストの ふじもと しんや さんの素敵な曲とともにYouTubeにアップされました♪ こちらから♪


今までの記事をタグで整理してみました。

*投影劇場シリーズはこちらから。
*心についてはこちらから。
*2018年ネパール滞在記全20話はこちらから。
*2017年ネパール滞在記全24話はこちらから。


*お知らせ*
絵本deえがお美術館 は、毎週日曜日のみ12:00〜18:00までのオープンになりました。土曜日、平日にご来館希望の方は予めご連絡ください。アケマス♪

8月は夏休みです。8月中にご来館希望の方も予めご連絡ください。アケマス☆ いつも私たちのマイペースにお付き合いいただきまして、ありがとうございます!

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