心が迷子にならないように

こんにちは、さかいみる です♪

昨日は絵本deえがお美術館で20年ぶりくらいの再会があったり、宮城県から来てくださった方がいたり、夕方家に帰るとネパールから、完成したメチャくん絵本「チヤコラマイロ」が届いたり、北海道の友人からワークショップで使える手作りのメチャくんお名前ホルダーが届いていたり…心の中のお花のつぼみが次々に咲いてゆくような感動の1日でした♪
みんな本当にありがとう!

そんな感動の雫が、きんぽうげの可愛らしいつやつやした黄色い花びらで遊んでいるように、今日のお散歩もとても楽しかったです♪

空はいつから空なのかな。
空を見るのが大好きで、そんな風に空を眺めていたある日、ふと、心ってなんだろう?どこにあるんだろう?と思いました。

誰もが深いところから心があることを知っています。
「心から」とか、「心があたたかくなる」などと表現します。
その心って一体どこにあるんだろう。

悲しみや嬉しさは感情で、あーだこーだは思考で、ピリピリやぽかぽかは感覚で、そして体。
心はどこ? うーん、みつけられない…と、ただただじーっと深く深くみつめてゆくと、あ、この感情や思考や感覚や体に気づいている「これ」が心(意識)なんだ。と、すーっと広がるように気づきました。

限界もなく、範囲もなく、透明で広々とした心。「きれい」とか「汚れてる」とかは関係なくぜんぶに溶けこんでいる。あぁ、私たちは世界ではなくて世界に溶けこんでいる「心」を見ているんだな。と感じました。

そしてこの心が、うっかり思考や感情や体に同一化してしまうと、「心が迷子になっちゃう」んだなぁと思いました。
うっかり心が迷子になった時は、「いま、心はどこにあるの?」と、自分に聞いてみるのを思い出すと、ちゃんと心は戻ってきます。

「投影劇場」でも書きました「心の玉」のように、個人の香りを持つ心、その「心」を含めた現れているそれらぜんぶに気づいているのが、こころ(純粋な意識)なんだなぁ、そして深いところでそれはつながっているんだと静かに感じます。

うっかり心が迷子になってしまった時、「いま、心はどこにあるの?」と聞いてみるのオススメです♪

*投影劇場シリーズはこちらから。
*心についてはこちらから。
*2018年ネパール滞在記全20話はこちらから
*2017年ネパール滞在記全24話はこちらから

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